つれづれなるままに。ごくありふれた日常ですが、気の向くままにつづっていこうと思います。


by aoi_oi
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合本 真夜中の弥次さん喜多さん を読んで

本屋さんで立ち読みしてしまいました。今話題の脚本家・宮藤官九郎が
監督した映画の原作本ということもあって以前から気になっていた本です。
購入しようかどうか迷ったのですが、とりあえず今日のところは見送ることに。
いえ、面白かったんですよ。ものすごく良かったです。
でも・・・。その理由は最後の締めにとっておきますね。
ちなみにわたくし、長瀬智也大好きです。
本気で弟にしたい、とまで思っとります・・・(なんか怖い)。

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『合本 真夜中の弥次さん喜多さん』
しりあがり寿/著 マガジンハウス/刊 (2005.3)

あの有名な『東海道中膝栗毛』のパロディ本・・・
では決してありません。登場人物はやじきた同じと
いえど、ここではまた別の物語を生きるふたりなのです。




何が違うかというとまず喜多さんがヤク中。そして弥次さんと喜多さんはホモ。
(↑訂正:ホモという設定は原作でも元々あったようです。びっくり!)
ああ、一行で説明がついてしまいました・・・。でもこの設定だけでもう『東海道中
膝栗毛』とは明らかに違う物語だということがおわかりになるかと思います。
喜多さんのヤク中を治すために、伊勢参りに出かけるふたり。道々におこる
さまざまな不条理世界。これは喜多さんの幻?いえいえ、喜多さんが感じることは
弥次さんもちゃんと感じているのです。なぜならふたりは愛し合ってるから。
激しい禁断症状にのたうちまわるほどの完全な病人の喜多さんは何度も問い掛けます。
「リアルって、リアルって何?」
ほんと、何なんでしょうね。ふたりがリアルの中で侵した過ちでも幻想の中で
昇華させたら、今度はそれがリアルになりかわるのか?
いや、リアルはリアル。幻想の甘くたおやかな膜は、一度はふんわりとそれを
包み込んだかのように見せても、結局はたやすく溶けてしまうのでしょう。
そう、オブラートのように。
でも、作者は何度でもそのオブラートを物語にかぶせ続けるのです。
 リアルと幻想
 生と死
 正常と異端
これらを超える、いえ、逆にこれらの枠の中に篭りきってその周囲に幾重もの
オブラートをかぶせつづけているかのようにも見える展開。あの結末だって、
ハッピーエンドのように見えて実はオブラートの中身なのかもしれない・・・などと
思ってしまうほど。
でもただ一ついえること。それは、弥次さん喜多さん互いにとって、ふたりだけが
真実だということでしょうか。そんな物語でした。(どんなだ)

結局、"愛"について語られた本なのだと思いました。崇高な"愛"について。
でも、そのすべてが病んでいないとは限りません。
なんでもオッケー。"愛"だから。その一言につきるのではないでしょうか。

立ち読みだったので、最初は ばばばばーっと読んでいったのですが、
物語がすすむにつれて引き込まれていきました。
しりあがり寿の、あの、やる気があるんだかないんだかよくわからない絵柄が
逆に凄味を加えているような気がします。軽いんだけど重い。・・・そう、重かったです。
読んだ後なんだか ずどーん とした重さを感じてしまった。
だから購入をためらってしまった、と言ったら、本屋さんに殴られるでしょうか。
(ごめんなさい)
重くて深くて、でもとろけるように甘い"愛"の物語。
ああ、だから『真夜中の』なのかな、なんて思いました。
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by aoi_oi | 2005-08-07 22:26 | ・本のこと